みんな上手くなりたいと思って練習をしているでしょう。
もちろん指導者もそう思って日々指導しているわけです。
しかし、なかなか上手く伝わらない。
選手が理解出来ない場面に遭遇する。
その競技をやってきた人には必ずわかる「指導言語」が存在している。
あるいは、選手独特の感覚を表す言葉なども。
これ自体に大きな問題はないのだが、時に気をつけないといけない。
それは、その言葉を使っているのが「感覚」によるところが大きいからである。
つまり、その人が体験したしてきた中での言葉でしかないということ。
こういう場面に出くわした時、ほぼ必ず「なんでわからないの?」と言う。
その選手が出来ないのは必ず「理由」がある。
そして、それは1つではなく1人ずつの要因が異なる可能性が高い。
つまり、同じ場面であっても起こっている要因は違うので
指導者は指導に困り果てることに繋がるのである。
ここで大切になるのは
「人が動く」つまり物理現象と
「スポーツ流動的である」という視点だと感じている。
そもそも次に動けない原因がある場合が非常に多いのである。
ストップの方法や身体の状態で上手く動けないのであれば、そもそも実現できない。
それを無理にやれというのはやはり難しいのである。
次に、流動的。
基本的にスポーツは流動的に行われている。
つまり、対象となる動きの前後にも必ず動きがある。
その場面は、流動的に行われるシーンの1つでしかないのである。
もしかしたら、その前の段階で目的となる動きができなくなっているかもしれない。
あるいは、その次のことを考えるとそれが適切な動きではないのかもしれない。
こう考えると、「何でしないの?」ではなく
「何で出来ないんだろう?」と思考することが可能になるのではないか?
選手はわからないことはやはり直すのは難しい。
何がそうさせているのか?
あくまでも、物事は「結果」として起こっていることを理解することが
問題解決の一歩になるのではないかと思う。
スポーツの当たり前ではなく
必要なことを理解して最短で解決出来るしましょう!